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瀬沼孝彰詩集『凍えた耳』(ふらんす堂) 1996.6.22発行 わたしはこの詩人の名前やひととなりを詩の雑誌や『死んでもなお生きる詩人』北川朱実著(思潮社)で読んで知っていたが、作品をまるごと読んだことはなかった。瀬沼氏はすでに亡くなっている。ある日、近所にある古本のチェーン店で、この本が百円で売られていたのを見つけた。少々、驚きながら購入した。 形式はわかりやすい・平明な言葉で、行分け詩と散文詩がある。内容はとくに散文詩などはエッセイではないのかと思われるほど、自分の身の回りにあったようなことを、実際経験しなければわからないようなことを、書いている。仕事や同僚や知人の話など。また八木幹夫(詩人)の栞文があり、わかりやすく短く解説されている。 (大切なことは (寒い時どう歩くかではないでしょうか(「ホタル」部分) わたしにはそれが人生の比喩に聞こえる。 わたしの好きな詩は「朝の瞳」で通勤電車の中の光景や、隣のもたれてきた女を描いている。この女にひとりの詩人の優しい暖かな目が向けられる。 わたしもこのような寝顔をしているのだろうか/女のくらしの時間が/肩の重さからひっそりと流れ/つかの間/抱きしめあっているように思われた(「朝の瞳」) 西野さんは仕事中に/自分がわからなくなってしまうことがあるのだ(「コンクリートの日々」部分) 西野さんに見られるように哀れみではないひとを見る暖かい視点と、何か制度・システムに対する批評的な視点を感じさせてくれる。この詩は好きだ。 西野さんは自家発電機の裏側に/うずくまっていた/山田さんが声をかけようとすると西野さんが顔を上げた/今にも泣き出しそうな表情だった/誰も 西野さんを非難する者はいなかった/どうしょうもないことなのだ/それは西野さんの詩のようなものかもしれないと思った(「コンクリートの日々」部分) 2002.12記 光冨郁也 *スラッシュ部分は改行として。ホームページ「サイトM」、ブログ「スカイラインの詩情」からの転載。 凍えた耳―瀬沼孝彰詩集
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