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読み(光冨郁也): 第1詩集「オウバアキル」は手にしていて、「私を底辺として。」は20行の作品ではあったが、すごみのある作品として読んだ。 第2詩集は読んでいないので、あくまでこの作品のみで読んでいきたい。(注:この評を書いた当時のこと) タイトル「懐妊主義」これはひらたく言うと「子をはらむ思想」であり、「はらむ」はこの作品中テーマ・基調となるものである。 第1連: 「あなたが席をはずしたすきに/アルバムをすべて燃やした」という、日常のシーンから始まるが、すでに壊れている行為が行われている。「あなた」とはだれか、母か彼氏か父か、話者の「わたし」とは違う身近な存在・他者を表している。「……すきに」とあるから見られてはまずい行為と「わたし」は認識しているのだろう。「席」とは何か。座る場でもあり、地位でもある。「わたし」と対峙している「あなた」。家族・人間関係においてのある地位を表している。「アルバム」とは何か。ここでいうアルバムは写真を貼る帳面のことを言っているようだが、これは記録でもあり、思い出を収めているものでもある。それを燃やすという行為は破壊でもあり訣別でもある。 そして「昨日の時点で」これは過去のことであるのか。 キーワードとなるのは「わたしはころしすぎた」。「ころす」は「生命を絶つ」こと。つまりこの作品のなかでもうひとつの重要なキーワードである「孕む(はらむ)」とは逆の行為となる。「ころす」という行為を何度も繰り返してきたらしい。現実にせよ、こころのなかの妄念でせよ、比喩にせよ。 「声色を変えるだけで/違ういきものになるのだった」 これは本当(というものがあると仮定して)の自分とは別の自分が「違ういきもの」ともとれる。演技性人格のようなものを言っているのだろうか。それとも、人間以外のものになると言っているのだろうか。さりげないが、考えてみると、恐ろしさもある。 第2連: 「日々」とは日常。「孕む」は子を宿すこと。女性の生理的なものには「月経」「排卵」「妊娠」「出産」など、男性にはないものがある。多分に身体的に備わっているものだが、ここでは意思が介入している。精神的なものを語っているよう。なぜなら「産む」「産まない」は現在では自由意思によるものもあるから。 第3連: 第2連と同じようなことを言っているが、より日常的な事柄「喋る」「食べる」をだしながら、「仕組んだのはわたし」とあるから、より踏み込んでいるともとれる。第2連の自由意思から、ここでは意図・企みというものも感じる。「仕組んだ」という言葉は強いものがある。やや悪意めいたものさえ感じる。 第4連: 「きりすててきたひとびとを」は「わたし」が切り捨ててきたのだろう。そのひとのせいにして、生きるためにそうするしかなかった、という意味合いのことが書かれてある。すべては他人が悪い。たとえば母のせいで「わたし」はこんな呪われたかのような人生を、性を、生命を持ってしまった、と。ほんとうは、母も「わたし」を孕むまえに、「堕胎してくれればよかったのに」、とすらその意識の底ではありそうではあるが、これはみつとみの深読みし過ぎだろうか。生まれてこないほうがよかった、と思うことは、だれにでもあるとはいえないかもしれないが、かつてはみつとみにはあったので、そういうことがこの作品の底辺にあるような気もする。そして生きるために今度は自分が、他人を切り捨てていくのである。なぜなら、それが生きることだと、そのときは思えたから。 読みを踏み込むと。(が、実際にはひとをころすことはできない。だから、自分を傷つけて生きていく。その痛みや血で、生きているという実感を得る。自分の手首から流れる血でもって。)という書かれていないことまで行ける。 第5連: そうやって葬ってきたなにか。死者の亡骸を記したもの。「わたし」が殺してきたもの。あるいは生きることを実感するために傷つけていった「わたし」自身。が、ここでは「墓石が多すぎる」とある。そういうことにあるいはうんざりとしているのではないか。 第6連: はらんだ結果「雑なスピードで産んだ」→「林檎」。この林檎はエデンの園の「知恵の実」とも、孕んだ結果生まれてきた「生命の実」ともとれる。 第7連: 「きょうもころしすぎる」。生きることに過剰に意識する何か。 そして「あなたがせきをはずすのを/いまかいまかとまちながら」という最終行で、冒頭の2行と同じく日常へと意識が帰っていく。どこから? 妄念とも恨みとも、とれる想念の世界から。日常の世界では、「わたし」の目の前に「あなた」がいる。そして「わたし」は待っている。あなたが目の前からいなくなることを。 まとめ: 凄みのあるいい詩であると思いました。日常から、「はらむ」「ころす」の思いのなかにはいり、そしてまた逃れることのできない日常へと戻る。生きること、存在すること、孕む(はらむ)こと、あたりまえのことが恐ろしくなるような、そんな思いをしました。誤読・誤解、あるいは気分を害することありましたらご容赦ください。では、失礼します。 (この作品と評は2007年1月に、ネットの投稿サイト「文学極道」の詩投稿掲示板上で行われたものを、作者の三角さんと、文極主催者の承諾を得て、掲載しています。) |
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